わがんね新聞

 東日本大震災(2014/3/11)で被害を受けた小学校にスポットを当てて展開される心温まる短編集です。
 主人公は神戸から転任してきた熱血先生。実は先生も阪神淡路大震災で妻子を失っているという震災経験者である。
 フィクションであるが、緻密な取材を巧みに取り入れて感動的な本に仕上がっています。

 東北気質は「黙って耐える」ことなのでしょうか?私は九州出だから”わがんね”

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■わがんね新聞
 ”わがんね”をネット検索すると
    東北:駄目
    福島:してはいけない
仙台:わからない
青森:わからない


■”ゲンパツ”が来た!
■さくら
■小さな親切、大きな……
■忘れないで
■てんでんこ
 ”てんでんこ”
   この言葉は有名になりました。「大地震の時には津波が来るから、
   何をさておいても高いところに避難するように」との教えである。

 が、そこは人情。高齢者や幼児、家族が心配になり家に戻ったりして、結果として津波に襲われてしまう人が多数出ました。

 全国の小学校には二宮金次郎の像が珍しくありません。この学校の金次郎像も行方不明でしたが、発見された時にはあちこちが痛んでいました。小学校の卒業記念にこの金次郎像を修復することになるのですが、、、、、感動のラストシーンが待っています。

内容(「BOOK」データベースより)
2011年3月11日、東日本大震災。地震・津波による死者・行方不明者は2万人近くのぼった。
2011年5月、被災地にある遠間第一小学校に、応援教師として神戸から小野寺徹平が赴任した。小野寺自身も阪神淡路大震災での被災経験があった。
東北の子供には耳慣れない関西弁で話す小野寺。生徒たちとの交流の中で、被災地の抱える問題、現実と向かい合っていく。被災地の現実、日本のエネルギー問題、政治的な混乱。小学校を舞台に震災が浮き上がらせた日本の問題点。その混乱から未来へと向かっていく希望を描いた連作短編集。
被災地の子供が心の奥に抱える苦しみと向かい合う「わがんね新聞」、福島原子力発電所に勤める父親を持つ転校生を描いた「“ゲンパツ”が来た!」、学校からの避難の最中に教え子を亡くした教師の苦悩と語られなかった真実を描いた「さくら」、ボランティアと地元の人たちとの軋轢を描く「小さな親切、大きな……」、小野寺自身の背景でもある阪神淡路大震災を描いた「忘れないで」。そして、震災をどう記憶にとどめるのか? 遠間第一小学校の卒業制作を題材にした「てんでんこ」の六篇を収録。
阪神大震災を経験した真山仁だからこそ描くことのできた、希望の物語。

発行日 2014/03/07



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この記事へのコメント

momomo
2014年06月20日 01:24
○さん、こんばんは。

東北には、寡黙に耐える気質ってありますよね。
まあいまは全国が均質化しつつあるようですけど、
東北の知人の多くは無口で粘り強いかなあ。
それと関係あるのかはわかりませんが、
凄惨な事件は東北では少なめですよね。だいたい関東以西。
レン
2014年06月20日 07:59
寒い季節が長いという気候も気質に関係あるそうですね。
「わがんね」は「わからない」だとばかり思っていました。
2014年06月20日 22:46
>momomoさん
 男は黙って耐えるんですか?男らしくていいですね。
 葉隠に似たりです。

 最近、「え」と「い」を逆に発音する人に興味があります。
 東北ではどこらあたりまでこの発音をするんでしょう?
 「田植え」を「田植い」と言う人。
 (関東の「ひ」と「し」の関係と一緒ですね)
2014年06月20日 22:47
>レンさん
 東北は寒い季節が長過ぎます。○は凍え死んでしまいます。
 「わがんね」は九州人には使えない言葉です。